蓮は泥中より発す

心身一如に生きるヨーガ教師の日記

№111 筋トレとしてのヨーガ・アーサナ

 ヨーガの体操を asana というけれども、大きな誤解が蔓延っている気がする時がある。
ヨガ=ストレッチ、と思っている人が多いのだが、ストレッチではない。筋トレの方が近いし、正確に言うと自重筋トレである。
ヨーガの行者さまは、気候の厳しい山の中で一人で修行されることが多いと聞く。そんな厳しい環境の中で、肉体を健やかに保つためには気持ちよく伸ばしたりなどはしないものだそうだ。ストレッチをやり過ぎると、古いパンツのゴムのように筋肉が伸び切って力を失うそうだ。山ではとても生き抜けないだろう。この方法で長くヨガをやっている人には、慢性的な痛みを抱えている人が多いように思う。ヨーガなら痛みは軽減するか、解消するものだ。私の教室で何年も続けて通って下さる方で、慢性痛が解消しなかった方はいないから。

リシケシにあるヨーガ・ニケタンで行われている体操は、横になったまま行うものであってもかなり負荷が高く、慣れていない人だとゼイゼイと息が切れるような激しい運動である。心肺機能が高くないと高地では過ごせないので、筋肉だけではなく心臓も肺もしっかり動かすのだという。近年、ヨーガ療法でもこういう動きを取り入れて指導を行っている(当然禁忌もあるので闇雲に指導してはならない)。効果もかなりある。一般的なフィットネス・ヨガとは、効果という点でも一線を画していくだろう。

そもそもヨーガを始めた時、「どこにも行かず、着替えず、体を鍛えられるのがいい」と思った。若い頃から色んな運動をやってみたが、長期の入校や臨時勤務、転勤などで通えなくなることも多く、煩わしかった。それに私は走るのが嫌いだ。走ること、山を登ること、キャンプすることは、訓練だから。水泳も一時期何かに憑かれたように行ってみたが、まずプールに行かねばならず、しかも着替えねばならず、髪は濡れるし顔も乾燥する。ついでに言うと塩素で髪が赤茶けてくる。いかにも体に悪そう。社交ダンスも1年間必死にやったが、先生に師事している以上、パーティに出ねばならない。これが辛い。先生とだけ、息が切れるように踊りまくりたいのに、タイプでもないおじさんと手をつながねばならないなんて。そしてパーティに出ると、踊るだけでなく衣装が必要になったりする。これも辛い。自転車は快適なサドルに出会えなかった。ということで、マットの上だけですべてが完結するヨーガが素晴らしいと思って、10数年経過した。今になってもやはり素晴らしいと思う。こんなにやってもやり尽くせない。しかも体だけに働きかける訳でなく、全人的に変化が生じるなんて。

1人で淡々と体を鍛えるこのような運動は、とても孤独な運動でもある。こういうものを「監獄の運動」というと聴いたことがあるが、なんと本屋さんにそのままのタイトルの本があった。非常に残念なことに、表紙の絵が酷すぎる。内容は素晴らしいの一言。真摯に自分の体に向き合って来て、より良い方法を調べぬいて、試して検証して結論を出して採用したやり方を惜しげもなく紹介してくれている。この方の指導法からすると。ヨーガの方が野蛮に思えてくる。(フィットネス系のヨガは間違いなく野蛮。そうでなければあんなにけが人を出さないはずだから)そして、内面的なこともヨーガと同じように何かの境地に達したのだな、と思う。著者の方はまるで現代社会に生きる行者さまのよう。隠者の如く姿を隠して生きているそうだ。

こんな装丁でなく、もっとまじめに効率的に体を鍛えたいと思っている人の手に届きやすい形で出版されればよいのに。もっと話題になればそれが可能になるのだろうか。

この本を読んだことで、DARCの皆さんが体を鍛えることに熱心な理由も理解できた。その点からも感謝。

プリズナートレーニング 圧倒的な強さを手に入れる究極の自重筋トレ

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