蓮は泥中より発す

अद्वैत :非二元に還るプロセスの記録

№673 お歳はいくつ?

わが歓喜告ぐべきひとと帆を繰りし日は暮れ初めつ青潮のうへ   春日井健

 

 

 

 

5月27日
JK剣士が帰ってきて賑やかである。
一人で渡航してエライねえという声が聞かれるが、うーんそれはどうやろかねえ。なにしろ往復の便はすべて全日空キャビンアテンダントはみんな日本人だそうな。着いたらマスターマリコが迎えてくれて、昨日も保安検査場前まで長女ぶーちーが見送ってくれて、米子空港の到着ロビーではハハが待ち構えていた。手厚いお世話をお手伝いくださった関係各位に深くお礼申し上げます…

今回は、出発時の成田で保安検査場を通過しLAXでマリコさんに会うまでと、マリコさんに見送られてLAXで保安検査場に入り、帰国時の羽田で入国審査を終えるまでがJK剣士にとってのほんとのひとり旅だったね。まあでもそれでいいよね、初めてだしね。

 


さてハハは昨日、とある美女とバーMarujinへ出向いた。ほんとは美女二人?でしっぽり艶めいた話を聴かせて頂くつもりだったのに、店にはH先生がいた。この店の常連でいつも好き勝手に楽しんでおられるお医者さんである。バッグには癌細胞が挟まれたプレパラートが入っている。

この店ではみなさんご存じのとおり長女ぶーちーがバイトしていたので、私は「ぶーちーのママ」として知られ、そう呼ばれるようになってしまった。キッツいショートカクテルを飲みながら「おかあさん」と呼ばれるのは不思議な気分である。H先生にはもちろん長女ぶーちーも可愛がって頂いて、かの白バラ牛乳を模したバッグが発売された時にはこのレアアイテム(当時)をプレゼントされていた。先生とおそろいである。しかも先生はそのバッグをちゃんと斜め掛けにして、バーにおいでになっていた。中を開けて見せてくれたのだが、ホンモノの白バラ牛乳200mlの空きパックが収められていた。実に芸が細かい。見た目と違って繊細な方なのが伝わる。私と一緒ね。

で、私はなぜか知らんがこのH先生に大変気に入られているらしいのである。H先生のお友達のガクソウさん(額縁屋さんだから。まんまだね)にも「先生の好きそうなヒトだね」と言われたことがあった。なんでやろうか? 

昨日のH先生はやたらとご機嫌で(私がご一緒していた美女が可愛かったからに違いなかろう)、お手製の名刺を彼女に渡そうとされるのだが、この「お手製」のレベルがこれまたすごいのである。「ちょっと先生、これハサミで切ったんでしょ?!」と思わずツッコんでしまうくらい、長崎弁でいうところの「よんがひんご」状態、各辺が激しく斜めになっていて四角ですらないのである。しかもモノによっては肝心な肩書の部分がはみ出して謎かけのようになっている。先生はそれを迷いなく人に渡しちゃうのである。当然私はこの「肩書意味不明」の名刺を頂戴しておいた。「やっぱりこれがいちばんなんじゃない?」とか言っちゃうから気に入られるのであろうか。

さてこの日、H先生が飲んでいたのは山崎の12年!山崎の12年だよ?!
一回飲んでみたいけど最近なかなか手に入らないらしくお店に無いから出せないんだよね、と言われていた私にとってマボロシウイスキーある。もちろん私は黙っておかない。「いいなあ、12年かあ」と言ったら飲ませてくれた。Marujinお約束のバカラのグラスで、ロックで。美味しかったなあ!
中国人が買い占めてしまって品薄状態が続いていた国産ウイスキーも少しずつ流通しだしているらしい。うれしいことである。昨日は他に白州を頂戴したが、既に酔っぱらっていたので何年ものかは覚えていません、すみません。


昨夜ほかにおいでになった常連さんは京都からお仕事でお越しの方。もちろん長女ぶーちーのこともご存じ。書画骨董をお取り扱いの方とのことで、ここでこんなにベロンベロンに酔っぱらいながら、即中斎宗匠や而妙斎宗匠のお軸のお話をさせて頂けるとは思ってもみなかった。バーMarujinの実力おそるべしである。


昨日いちばんビックリしたのは、H先生の年齢だった。「先生、年なんぼなの?」と伺って返ってきた答えが聖地田端におられるリーダーの一つ下だったから、一瞬でそれまで飲んだ分の酔いが醒める気がした(気がしただけ)。なにしろ毎朝日清焼きそば(袋めん)を朝食として食されるこの先生の、医者の不養生を地で行く外見。O先生とふたりして思わず「カッコいいよね~」とコソコソ話をしてしまううちのリーダーより年下だとは誰も思うまい。常々私が提唱している「45歳以降の肉体年齢は暦年齢と決して比例しない」説がここでまたもや立証された。

よろしいですか、みなさん。肉体年齢は自分で決めればよいのです。伝統的Yogaの智慧を最大限活用して、「歳なんぼ?」と聞かれてそれに答えることで周囲に衝撃を与え、聞いたその方本人の生き方を反省させるような粗雑体の状態を維持していこうではありませんか。カギは45歳以降の取り組み。ちょっとの工夫で驚くほど大きな差が出ます、マジで。何歳からでも遅くはありません!諦めたら終わり、暦年齢を言い訳にしたとたん負けです。レッツトライ、若返り。


昨晩店を出たのは1時だった。今朝「いやー、昨日は飲み過ぎたなあ」とこぼしていたら、すかさずJK剣士から「昨夜は『そんなに飲んでないもん!』って言ってたけど」とツッコまれた。なぜ人は酔っ払うと「ぜんぜん飲んでないもん」と言いたくなるのだろうか。そしてなぜ冷凍庫にチョコモナカが入っていて、板チョコアイスのゴミが棄ててあったのだろうか。ツボイ先生ぜんぜんわかんない。

 

 

 

№672 ハラとこころ

おにぎりをソフトクリームで飲みこんで可能性とはあなたのことだ  雪舟えま

 

 

 

 

5月26日
昨日は超低空飛行でお二方との予定を延期させて頂いた。ほんとにすみません…
その前の晩、スヤスヤ寝ていると誰かが鼻のあたまをベロリと舐めてきた。間違いない、こんなことをするのはあいつだけ。ズバリあんちゃん。しかしこんなことをされるのは、あんちゃんが生まれてこの方初めてである。いよいよJK剣士の不在がつらくて堪らないのであろう。でも毎晩舌とか肉球を押し当てられるのはちょっとなあ。早くJK剣士に帰ってきてもらわねば。


さて、調子悪かった件について。たまたま幸いなことに朝から柔道整復師のY先生(ラージャ・ヨーガの大先輩)と鍼灸師のI先生の予約を入れてあったので(エライぞ私)、起きてすぐにしくしく痛み出した胃をさすりながら治療を受けに行った。しかもはしご。米子滞在中の大事な他力によるセルフケアなので、一か月前から予約してあった。

ちなみに鍼の方は帰宅直後に一度診てもらっているのだが、あまりにも調子が悪いので中三日空けて二度目の治療である。常人よりよほど元気な私の不調は、たぶん一般の人からすると「調子イイ」レベル。ごく一般的には60点で「健康」と見做すところ、私は「95点」でなんかおかしい…となる気がする。大したことない不調に大騒ぎして、原因に直接アプローチする治療を選択するお蔭で、私はいつもだいたい元気である。

さてこの度の不調の原因は?やっぱり私のアタマだった…やっぱりな、そんなこったろうと思った。先週「プチ食中毒」になったのだが、原因食材を食するときに私は考えた。
「もしかして、これヤバいへん?」 
先生のお見立てによると正にその思考が毒なのであった。

そもそもほんまもんの食中毒やったら、そんな可愛い症状では済まないのである。それを「疑い」がほんまもんの症状にしたというワケ。

いや、でもね、と先生は仰る。こんなことツボイにしか言わんよ?と。まあそうでしょう、私も生徒さんには言いません。かつて「マジな食中毒」になったJK剣士に「気分の問題だあ!」と言ってのけたが、ほんとに腐っていたことがあった。あれはまったくもってハハが悪かったが、腸の問題は本来腸自身の受け容れ能力にある(はずなのだ)。

のだめカンタービレ」という傑作マンガに、天才ピアニスト・のだめが作る猛毒カレーが登場する。これは真夏のパリで放置された数日前のカレーがただ腐っていただけ、という代物なのであるが、周囲の人間がみな次々に食中毒で倒れていくなか、のだめ本人だけはまったくなんともなかったというエピソード。心身が傍若無人的健やかさを誇ってさえいれば、基本的には何を食べても大丈夫なのである。人間かくありたい。うん。

牡蠣が大好きな私は当然数回牡蠣に当たったことがあるが、これはたんに食べすぎなのであって牡蠣のせいではない。だから牡蠣はやめない。私の心の状態を牡蠣が反映しただけであって、牡蠣はなんにも悪くないのです。でもよいこのみなさんはマネをしないでください。なにかあっても「ごめんね」しか言えませんので、ご自身のハラと相談してくださいね。


すべての不調は自分のせい、という伝統的Yogaの厳しい立場に立って一応生きている私。この度はふたりの先生にお助け頂き、「今日はもう休んだ方がいいんじゃないの」という珍しいお声掛けを頂いたので、ご無礼して美女二人とのデートの約束を延期させてもらったのでした。それぞれ仕切り直しで後日楽しんでまいります。


ところで、JK剣士が帰って来るので、今は米子空港の狭い到着ロビーでこれを書いています。今晩からあんちゃんはJK剣士のうえで寝て、JK剣士の顔をぺろぺろするでしょう。ハハはやっと安らかに眠れそうです。家に帰るのは二カ月ぶり。どんな気分がするだろうねぇ。

お、ANA385便はただいま無事、米子空港に着陸致しました。
お帰り、JK剣士。

 

 

 

№671 ほんとうの旅

猫じやらしにつよく反応せし頃のきみひをおもへり十年が過ぐ   小池光



5月24日
ハハは猫たちにモテモテである。以前からういろ=ういちゃん(サバ猫)の方はなついておなじ枕を(不本意ながら)わけあって寝たり、腕枕をしてやったりする仲であった。ところがあんこ=あんちゃん(サビ猫)はJK剣士が大大大好きで、JK剣士以外の人はご遠慮くださいって感じだった。しかしJK剣士は長い不在である。あんちゃんもここに至って、否応なく成長という名の諦めを迫られるときがやってきた。

帰宅し夜二階でひとり寝ていると、なにかが首筋を”ざーりざーり”と舐めてくる。「ひいっ!」と驚いたが暗いのでなにものかはわからない。その直後わざわざ私の左肩のうえに無理やり丸くなって寝ようとしているモジャモジャの存在を感じ「ういちゃん、今日はヘンなことしよんな」と思って、するがままにさせておいた(愛)。ところが翌朝鳥の囀りで目を覚ますと、私の頭の横でとぐろを巻いているのはあんちゃんだったのである。あんちゃんがわたしの横で寝る日が来るなんて。

更にその晩、誰かが今度は私の右胸の上に乗り、グイッと頬に肉球を押し当ててくる。「やめて…」といって押しのけると、あんちゃんの後ろ脚の肉球だった。自分の脚をぺろぺろするため、ハハの顔に肉球を当てがって支えにしていたのである。土足で外にパトロールに出るクセに私の顔に足の裏を当てるなんて無礼極まりない。肉球を押しのけてもあんちゃんはそのまま私のうえでとぐろを巻き続けた。諦めのいいタイプの私は、自分のうえで寛ぐあんちゃんをそのままにして寝てしまった。

いよいよJK剣士が帰って来るがあんちゃんはどれくらい喜ぶだろう。実に微笑ましいきょうだい愛。ポジション的には当然あんちゃんの方が上である。

 

 

さて愛するオタク旅の詳細とまとめを書いておこう。
まずは大事なこと。

秋田のあのなまはげ、あの方たちはナマケモノのヨメに対して「わるいこはいねが~」って言ってるらしい。子供に対しては健やかに育つようにプチ・トラウマ体験を与え成長を促進、ナマケモノのヨメに対しては持参の包丁で、ナマケモノすぎるとできるある種のかさぶたを剥ぎ取って痛い目に遭わせて心を入れ換えさせるんですって。なまはげ必須アイテムのもう一つは桶。これに剥いだ皮を入れるとか… なはまげ=生剥ぎっていうことらしい。まんまじゃないの。怖い…

もっと怖いのは対象者の「ナマケモノのヨメ」という点。ヤバい、私ドンピシャ… 航空業界も今たいへん乗客が少ないから、なまはげに働きかけて「全国のナマケモノのヨメに喝を入れてください!」なんて言って無料チケットを渡したりなんかしたら、速攻私のところ来るわ。ナマケモノどころかそもそも家におらんし。外に出とっても東京でダラダラしとるし。どうしたらいいの?!怖くて家事が手に着かない!とりあえずおやつ食べながら対策を考えようっと。


さてオタク旅。その行程を改めてご紹介するとこんな感じ。

1日目 出雲→舞鶴
2日目 福井、金沢
3日目 富山
4日目 新潟
5日目 山形
6日目 秋田
7日目 秋田港からフェリー乗車(約24時間)
8日目 福井(敦賀)着→天橋立城崎温泉
9日目 帰宅

2日目の晩に金沢で悪夢を見て「もうやめて帰ろう…」と思ったらしいが、ご存じのとおりなんとか踏み止まったエライオタク。最高だったのは富山で、また行きたいと言っていた。富山、そんなに?!

愛するオタクから旅の話を聞いて、私が「ほー!」と感じたのは以下のとおり:
山形でもカニ丼が食べられるとは!良いものは地方には残らずに都会へ送られちゃう(地方には買う人がいないから)。やっぱり金沢の観光政策はダントツ。昔の日本は船が需要な流通経路だったから、秋田から日本海側を南下して下関を通過して江戸に至るそのルート上に主要な港町があって栄えた。など。
程度の低い気付きだねえ。

さて、この海運のことは正直考えたこともなかった。ちなみに私の出身地・長崎は天領だったし、鎖国中も海外との窓口だったので色々ハデなことが満載で「江戸時代=鎖国=出島=キリシタン=迫害」などしか頭にない。日本史の猿渡先生に不勉強をお詫びしなくては…。

そして愛するオタクがその豊満なボディでゲットしてきた教訓とは?
高速道路で移動してたらどこに行っても景色が同じ。要するに、どこも小麦と米の二期作(さすが農家。見るところが違う)。しかし金沢は別格。
これまで会社という狭い世界で生きてきたが視野が広がった。どこもおなじなら出雲でもクリエイティブな生き方は選択できる。今の時代、場所はあんまり関係ない。

愛するオタクはITリテラシーが飛びぬけて高いので(そういう業種だったから)、その才を生かして山陰の地理的なマイナス面を克服できるのだろう(私は業種的にもそんなことが出来ないから東京に足を運ぶ)。

この結論に「えー、なんで」という人もいると思うが、量子論的、そして絶対者ブラフマン的に言えばこの結論は実に真っ当である。私はここにいると同時に万処にいる。どこかに行かなければなんとかならないと思うのは、意識がもつ力を不当に評価していることになる。私たちは皆、いまここにいながらあらゆるところにいる。今、物理的には遠くにいるように見えるあなたのそばに確かにいて、あなたの息遣いを感じ、そっと手を握り締めることができる。

愛するオタクとの数カ月間のセッションは、実にダイナミックだった。話をしてきただけなのに、現実的な経験を積み、現実的な変化を手にしてこの豊かなセッションはクライマックスを迎えようとしている。彼の今後の生き方はより自分自身と調和したものになるだろう。私はただYogaの智慧とともに彼のそばにいただけである。

愛するオタクのほんとうの旅がこれから始まる。
絶対者ブラフマンとYogaの智慧に感謝である。

 

 

 

 

 

 

№670 心身変化真っ最中

花水木の道があれより長くても短くても愛を告げられなかった  吉川宏志

 

 

 

 

5月24日
なんとか働いてくれている私のパソコン。ありがとう、なんとかもうすこしだけがんばって。

さてこれは今日の分。まずはマスターマリコとのやりとりについて書きたい。
昨晩大運動会が行われたような私の体内のエネルギー。でも体のなかなのか外なのか判然としない感覚もあった。そもそも内外なんて無いはずである。
いったいなにごとなのか示唆を頂きたくてマスターに助けを求めたところ、「ツボイの筋反射で聞いてみるから許可をくれ」とのこと。遠隔で。なんて便利な世の中なんだろう。そして結局のところ、答えは私自身が既に知っているということか。

頂いたお答えは「意識の変化が起きてカラダが変化している」とのこと。意識が先に変化して、その変化にカラダが今ついていっているそうだ。これからもっと意識とカラダに変化が起きるよ、と私の潜在意識が言っているそうである。ほー。更に私の潜在意識が選んだ本の、選んだページにはかような言葉が記されていた。

「人間に生まれただけで価値があるの。もっと自分に自信を持ちな。」

自信?
なかったのかな~、そんなつもりなかったんだけど、もっと、ってことなんだろうな。体内は運動会だが自分の意識状態はどうかというと、実感する幸福度が増している。それでもまだまだ修行中の身なので、過去の記憶(Yogaでいうところの心素)に我執が絡まっちゃって「うっ!」とボディブローを受けたようになってしまうときがあるのだが、それもごく一部の限定的な対象に対してだけだし、そのネガティブな反応もあまり長く続かないようになってきた。喜ばしいことである。

マスターからは、水を飲んで、寝たいときに寝るようにとのアドバイスを頂いた。なるほど。ということはたぶん、この二カ月東京でダラダラと過ごしたのが功を奏したってことなのかもしれない。

人間ってぼんやり生きるのが下手くそなんだよね。かくいう私もダラダラ東京で過ごしている間、「人間として生まれて、ほんとにこんなことでいいのだろうか…」などというバカバカしい悩みが湧き上がることがあったな。でもこれまでの大したことない過去を振り返っても、その後「おお!」と思える意識変化(当社比)を迎えられたときは、その前にひどい目に遭うか、具合悪くするか、極限まで活動押さえるかのどれかだった。ひどい目に遭うのも具合悪くなるのもイヤなので隠遁生活の方がいいかもしれない。コロナ禍でのリハビリテーションin東京、またやりたいかも。それと来月は横浜某所にて肉体の変化促進にトライしてみたい。


「家」という箱はホントに大事で、私は久々にここ(米子市錦町)に帰って朝を迎えたとき、小鳥の囀りで目を覚ました瞬間にPranayama(調気法)をやりたくてたまらなくなった。やっぱり木のそばでする呼吸は超絶美味しい。泊っていたのが五反田駅前だからっていうこともあるかもしれないが、東京滞在中だんだんPranayamaが苦行っぽくなっていったのには参った。東京でも緑が欲しい、美味しい空気が吸いたい。明治神宮とかに毎日通わないとダメなのかな。


住宅業界の闇に安易に触れると痛い目に遭うんだと、かつて統合医療学会に来てくれたあの先生やこの先生から教えられた。「僕が死んだら殺されたと思って」とも言っておられた。大きなお金も動くしなあ。その点にはあまり触れないでおくが、とにかく住むところは人間の心身にとって大事。

おともだちのJさんは、この「箱」を先に大改造しちゃったために(たぶん)意識の方が追い付いてなくてエネルギー大運動会が起きたんだと思う。Jさんは大運動会の先輩である。私は中身が先でソフトな変化が起こっているが、ここで一発ガーン!と箱を変える体験をしてみたい。

なんでも横浜に癒しを体験できるモデルルーム的なものがあるとかで、家を建てないつもりの人でも宿泊体験をさせてくれるという。以前から勧められていたのだがいよいよ時は来たって感じ。その名も「癒しの横浜体験ハウス」。なんだかそのまんまである。そしてHPには大きな文字で「3日の癒し体験で美人になる」とあり、この「美人」が大きく強調されているではないか。ええー、美人になっちゃう?なれちゃう?まつげ増毛するような付け焼刃じゃないヤツでいけちゃう?これ以上モテるようになったらいったいどうしよう(ツッコまないでね)。


HP を拝見するとこんなことが記されてある。

・肉体は水素や炭素や酸素といった遠赤外線の軽い大気中の元素で殆ど出来た細胞や水分で構成されている
・森に入ると身も心も軽くなるように、体は環境によって大きく左右される
・強力な遠赤外線の生命エネルギーの空間である「体験ハウス」では、短期間で体の疲れがとれエネルギーで満たされて行くのが分かる

これは確かに美人になれそう。
ちなみに免疫値というのが記載されていて、伊勢神宮の境内で18のところ、この体験ハウスは95だそうである。伊勢神宮に流れる五十鈴川で鯉が上流に向けて逞しく登っていく姿を見て「実は鯉ってこんなアグレッシブないきものだったのか?!」と魂消たことがあるが、それは伊勢神宮という場だからこそだったんだろう。こいのぼりって嘘やん、と思っていたのだが実は環境さえ相応しいものであったら、鯉も龍の如く天に登って行っちゃうかもしれないのである!ふつうのこ汚い池に泳いでいる鯉に生気がないのはそりゃしようがなくて、人間もそんな感じになってしまっているのかもしれない。池VS五十鈴川。そしてそれを超える体験ハウス。そういうことなら私だって美人になれようもんである。きっとそうよ、間違いないわ!

あー、なんだか今すぐ横浜に行きたくなってきた。
「え?ツボイ?きれいになっててわかんなかった!」って言わせちゃいたい。

 

 

 

iyashinoyokohamataikenhouse.com

№669  本社にて

彼を見たい 彼に至るまでに出会う人そのほかを眺めていたい  雪舟えま

 

 

 

5月23日
本日は愛するオタクとのリアルセッション。ビジョンクエストを終えて凱旋した愛するオタクをねぎらうために、松江市京町の珈琲館へ向かう。1.5人前のアコーディオンサンドはメニューから消えてなくなっていたので(誰も食べないからだろうか)、フツウサイズ(1人前・食パン二枚分)のクラブハウスサンドイッチを注文。サンドイッチが供されたタイミングで「写真見てください」とスマホを渡され、ふんふん、と写真を見ているうちに愛するオタクの皿のうえにはきれいさっぱりなにも無くなっていた。


過酷なクエストでガリガリに痩せて帰って来るか?!とちょっと期待していたのだが、会ってまず一番の言葉は「逆に太っちゃったっすよ」。うん、確かにその顎まわり、間違いなく貫禄増し増しである。「なんでそんなに太った?!」と訊ねると「えー、だって朝はバイキングから始まるし…」と。そうか、君は朝食を食べる人か、そうだよね…。そして旅先はどこも目新しい「今、ここでないと食べれないよ~」って囁いてくる食べ物がいっぱいだもんね、しょうがないよね。しょうがないよ。

写真、とっても素晴らしかった。このことの詳細は改めて書きたい。
一通りざっと見たあと私もサンドイッチを食べ終えて、松江に来たからには必ず行かねばならない本社、すなわちCAFFE VITAに出勤。今日はとても暑かったので「水出し、水出し」と念仏のように唱えながら店に入ったらもうすでに売り切れていた。みんな考えることはおなじよね。

よろしいですか?初心者のみなさん。VITAにはね、夏季限定の水出しコーヒーがあるの。一晩掛けて抽出された最高に贅沢なコーヒーなの。ここに来ないと飲めないの!!ぜひ今年のうちに一杯飲みに来てね。いろいろあるから状況見ながらね。


本社における本日最初の一杯(一の皿)は愛するオタクがコスタリカ、私はグアテマラ。デザートはティラミスと夏季限定のマンゴームース。二の皿はカプチーノ・レギュラーサイズ・トリプルショット(師匠にしか淹れられない最高に贅沢な一杯・ツウの飲み物)。三の皿はアイス・アメリカーノ。今日も満喫である。
お席はいつものスペシャルシート(わかる人にはわかるあの席)。幸いなことにまあまあお手すきだった門脇師匠のスペシャトーク込み。

長女ぶーちーと同じ高校ご出身の門脇師匠。先輩後輩の繋がりは血より濃いのですよ、知ってた? 多才な師匠は玉掛けの資格まで持ってるんだって。玉掛け…? あと危険物。そして簿記。それでケーキも作れて、豆も焼ける。中毒患者が出るようなコーヒーまで淹れられる。天は何物も与えてくれるんだね。


中毒って言えば、東京のおともだちのコーヒー洗脳に成功して「もうそろそろ豆が切れそう。切れたらどうしよう…」とSOSをもらった。そのことを師匠にお伝えしたところ「蔓延してるね」とのお返事。当然私も同じ状態でもう治らない。仲間が増えて感無量です。

 

 

さてさて、これは昨日書いていた昨日の分のブログなのだが、昨晩突然ニホンゴニュウリョクができなくなってすごく焦った。常々リーダーから私のこのPCに対する呪文のことばがかけられていたので(DELLなんてありえん…突然動かなくなるぞ…Macに変えるが良い…)「うっわ、とうとう呪文が効いたか!」と思い、諦めて電源を切ったのだった。今朝恐る恐る再起動したら何とか復活したが、昨晩夢のなかで「Macならどれがよろしいのですか」とお尋ねしている自分がいた。

入力できなかったら今月末〆切のコラム(某所から頂戴しているお仕事)ができない、どうしよう、誰に助けを求めよう…とつらつら考えてがいたが別に悩んでいたわけではない。絶対者のお仕事は、常に緻密にして完璧だからである。1時過ぎまでホーキンズ博士の「パワーか、フォースか」改訂版を読んで寝たのだが、体内で激しくエネルギーが暴れて寝るどころではなかった。各チャクラが「ここでーす!」とばかりに順に自己主張、なにかがグルグル回って熱を帯びている。脊柱に添って何かが動くのはいつも通り。そして軽い頭痛。いったいなんなんだ?!

その後は寝てしまっていたが、朝5時過ぎにパッと目が覚めてもう眠れなくなった。なにがなんだかよくわからなかったのでマスターマリコに質問をさせて頂いた。やはりアメリカの方がそういう方面の知識は豊富だなあと、マスターマリコを通じて感じさせて頂いている。そのことを規夫師匠に話すと、あちらはなんといってもキリスト教に支えられた宗教文化があるので、神秘的・霊的な体験を言語化するボキャブラリーを豊富に持っているのが日本と違うところ、ということだった。確かに。

私は未だに「奇跡のコース」のワークブックをのろのろと読み進めているところだが、そこで使われている言葉に馴染めなくて当初は読み進めるのがほんとうに大変だった。2012年にワークブックを読み始めて、途中中断して今年約5年ぶりに再開したところ、ようやくしっくりくるようになった。この数年間、マイスターエックハルト道元禅師を読むこととYogaの勉強を並行して行って、ようやくそれぞれの用語をあたまのなかで結びつけることができるようになった。ヤレヤレ。


ご存知の方も多いだろうが、このワークブックは毎日一つのレッスンだけを行っていくというものなので、どんどん読み進めていくことはできない。予定では今年の12月10日に、2012年1月からはじめたこのワークが終わることになる。中断した期間は私にとって必要な咀嚼期間で、きっとどんなにがんばっても読み進めることはできなかったのだと思う。読み始めたのは規夫師匠に初めてお会いした2年後なので、やっぱり学びっていうのは時間がかかるっていうことなんだよね。

 

 

 

 

 

 

№668 叱られたい?

江東区をはじめて地図で見たときのよう このひとを護らなくては  雪舟えま
 
 
 
 
5月21日
帰路に就く前にこどもたちが部屋にきてくれた。JK剣士とした別れのハグが熱すぎてちょっと嫌がられた。ぶーちーはシャイガールなのでこれまであまりハグをさせてくれなかったのだが、最近おねえさんになってサービスがいい。ギュッとしたとき細くてビビった(JK剣士の胸板と比べたら)。それで「細いなあ!」と思わず言ったらすごく喜んでいた。ハハと同じく乙女である。 先日ぶーちーと会ったとき指輪をしていたので「ももも、もしかして!」と(親のクセに)浮いた話を期待したのだが、深層は闇のなかである。闇のなかであってほしい。なーんにもないんじゃ寂しいでしょう。ハハもJK剣士のススメに従って007のような紳士とお親しくさせてもらわねばならぬし、ぶーちーも東京で恋のハナくらい咲かせてもらいたい。勉強は多角的に行って欲しいものである。インテグラルでなければならんのだよ。
 
 
さてハハはめっきり温和になって、出発準備が全然できてなくてしっちゃかめっちゃかの室内にやってきたJK剣士から「ぜんぜんダメやん」と呆れられた。ハッキリ言うのでハハの繊細な心が傷付く。もっと包んで言って欲しいわ…「そうやね、帰りたくないんやね」とかさ。

先日、御徒町で秘密の美女に伺ったところによると、昨今の企業研修では「叱ってもらう」ための研修があるそうじゃないですか。ただし人格否定はNGとのこと。そりゃそうです、もちろんです。でもこの話を聴いたとき自分のなかの何かがパッと反応した。「叱る」ことに関して私はなかなかなのよ。経験も豊富なのよ? 決してそんな風には見えないでしょうけれど、ええ。

なんでも「近頃の若いモンは」叱られなれてないんだそうだ。へー!みんなどんな平和な地に生きてきたんだろう?親御さんは人格者? その点で言うとうちの子たちはイケてる。間違いない。だって私かなりひどかった。なにしろ現役〇衛官、かつ教育隊の教官経験者。しかも私自身も「バカ・死ね」洗礼を受けながら社会人人生を始めたからなあ。このワードで怒鳴られても「えへへ」って笑って聞けるよ。なんでも慣れなんだって。
 
19歳で某国営企業岐阜県某市の支店に配属された時、10数名の小グループでお父さんみたいな存在の人が熊本出身だった。九州の人はフツーに会話してても「なんで怒ってんの?!」と思われてることがある。ぜんぜん怒ってないのによ? このひとは新人の私たちがアホなことをしでかすと熊本弁で「おまえらくらわすっぞ!」と大きな声で喝を入れるのだが、このときの新人三名はみなが九州出身(博多・飯塚・長崎)だったので、それを聞いたら三人が三人ともブーっ!と吹き出してしまっていた。「くらわすぞやらいいよらすばい=九州北部弁同時通訳:まあこの方は「叩いたろか」なんて冗談を仰ってますわ、ほほほ」てなもんである。かつてこの言葉を言われた本州出身の方々は超ビビッていたのに、今度のやつらは笑っちゃうのでお父さん役の上司は「どげんしょもなか=同時通訳:なかなか見どころのある若者でないか、ははは」と苦笑していた。

くらわすっぞ!というのは直訳すると「ぶん殴るぞ」というような意味だが、マジでぶん殴ろうとしてるヤツはこんなことは言わずに黙って“くらわして”くるのであって、くらわすっぞとわざわざ言うってことは冗談バイということを、九州北部出身者は空気で理解しているのだった。なので「くらわすっぞとかいいよっぱい笑」という感じでウケちゃうのであった。相手が悪かったのだね。

九州弁いいよね。なんていうか、おこっとってもおこっとらんごたかんじのするもんね。 我が娘たちも九州で生まれ育っておれば「なんばしょっとね?!」という感じのソフトなお叱りを受けられたであろうに、全国津々浦々から女子が集う教育隊でガツン!と指導をしようと思ったら決して訛っていてはいけないことを、このお父さん的上司から学んでいた私は、ちゃんと標準語で人を𠮟れるようになっちゃったよね。
 
叱るコツってあると思う。叱ってはいいけど怒ってはゼッタイにダメなのである。怒っちゃう人は「叱る人失格」即退場。そして流すこと。これを「お叱りはその場限りの法則」と言います。「二度とするな!」みたいな叱り方はしなくていいと思うわけよ。いやほら人間アホだから何度も同じ間違いしますよ、少しずつバージョン変えて。当たり前なんだって。人の成長は螺旋状で高度を変えつつ同じところグルグル回るんやから、しょんなかっちゃけん(=仕様がないのですよ)。 流す、というのは𠮟りはしてもご機嫌を悪くしないで、次のシーンでは普通にお相手を遇するということである。サラッとね。

人を叱るのって絶大なエネルギーがいる。だって口先だけじゃ相手にバレちゃうし。
先日JK剣士と仁義なき戦いをしたわけだが、この子はマジで引きませんよ。さすが剣士、さすが元代表of鳥取県。すかす、かわす、ということもしない。ハハはJK剣士と鍔迫り合いをしているような気持ちになった。大人げない捨て台詞(おまえのかーちゃんでーべーそ!もうあそんでやんない!)を吐き捨てて私は自分の部屋に帰ったが、あれが延長アリ・時間無制限、勝負決するまでとかだったらハハの方が「参りました…」といって1本取られて勝負アリになっていた気がする。だからハハが最近叱らなくなったのは、子供の方がエネルギー増大してきてるからというそれだけなのかもしんない。


しかしこの「お叱り能力」もったいなくないかな? だれかさー「うちの社員叱ってください」みたいな仕事くれないかな。もしくは「僕を叱ってください」というのも受けよう。「なんばしょっとか!」って叱って、Asanaして自律神経調えて、リラクゼーションでアルファ波出して、最後は「よかよか、よかっちゃけん。そいでよかと(=あなたはあるがままで尊いんだからだいじょうぶだよ)」とハグしたら、このダイナミクスの幅感で洗脳できちゃうよね。

そんな気がしないですか?しない?あらそう、残念。
 
 
 
 

№667 旅の効能

葉の匂いざあと浴びつつさきほどの「君って」の続き気になっている  江戸 雪

 

 

 

5月21日
ぶーちーに見送られて品川を出発したところ。次は約半月後にここに帰ってきます。この場所にいないとリアルに会えないぶーちーを含む皆さん、元気でいて下さいね。お許しあれば氣を送ります。テレパシーで許可ください。

東京に滞在しているあいだにお友達二人が旅に出て、なんだか素敵に変身して元の場所に戻ってこられた。ひとりは愛するオタク。そうそう、秋田を目指して燕三条に辿りついたところでJK剣士が帰国したので、その後のことを書いてなかった。ご心配の皆様もおられたことでしょう。ごめんね!

愛車ミッドシップツーシータ(いわゆる軽トラ)での長い旅は、彼のお尻をだいぶ疲れさせたと思う。余談だが「なぜ彼はミッドシップツーシータ(いわゆる軽トラ)」に乗っているの?」という素朴な疑問が都会の読者様から寄せられた。それはアレですよ、愛するオタクはたんぼや畑を所有する兼業農家だからなのよ。ミッドシップツーシータ(いわゆる軽トラ)は農家のマストアイテム。無くてはならないもの。007が上着に手を差し入れたら銃が出てくるように、JK剣士が竹刀を持っていなければ「おにいさん」と声をかけられちゃうただのJKになってしまうように、ミッドシップツーシータ(いわゆる軽トラ)の無い愛するオタクはありえない。二人はセットなの。


さて、オタク旅。燕三条で畳のお部屋に泊まって疲れたお尻を癒した。新潟ではたんぼと豊富な水に目を見張り、新潟県民の皆様は「雪国で我慢強いのか、頭良くて親切です」とのこと。さすが上杉謙信の国。上杉謙信は女性だったという説があるのご存知?興味がある方は「雪花の虎」を読んでね!

山形は特に何のレポートもなく通過(山形出身者のみなさん許して)。そしてちゃんと約束の地・秋田に辿りつきました!! 聖地・田端のヒミツの場所で仕事して、そのあとリーダーたちとご飯食べてたら「泣く子はいねかー!」となまはげの写真が送られてきた。「悪い子はいねがー!」と言われたらドキッとしたかもしれないが、誰かを泣かせても自分が泣くほうじゃないからなまはげの館に鎮座ましまします何人もの(いや、ほんとめっちゃおるよ…)なまはげを平静な心で見ることができた。そしてヒミツの場所でみんなに「見て見て!愛するオタクがなまはげの写真送ってくれたぁ!」と見せて回った。

この旅で避けては通れない!と私が強く主張したのが「永平寺・金沢・なまはげ」だったので感無量である。ありがとう、愛するオタク。私になまはげを見せてくれて。このご恩は松江のカレー屋Spiceでランチターリ全部乗せ、もしくは京橋(注・松江)の珈琲館でアコーディオンサンド(1.5人分のクラブハウスサンドイッチ)でお返しするよ!

秋田で味噌たんぽを食し、翌朝フェリーに乗って24時間の骨休め。勝手に前へ進んでくれるからよかった。そして福井へ。敦賀かな? 兵庫県へ入り城崎温泉で一泊。翌日無事帰宅したらしい。翌日は社内のプレゼン大会のために写真撮影をしたとか。愛するオタクは、その豊満なボディからは想像もつかないフットワークの軽さを持っているのである。素晴らしいよね。この週末、ビジョンクエストを無事コンプリートして一回り大きくなった(いや、腹回りじゃなくて)生オタクに出会えるのが楽しみ。


ところでこの愛するオタクは千家流のお茶なかまなので、昨年から「茶事やろうでー!」と盛り上がり、私は茶事の懐石のために成城石井で(山陰で入手しがたい京都の)白味噌まで買って渡したのに、なんだかんだで春が来てオタクは4キロ重量が増し「もう秋まで茶事はなし」とかいうのである。ええー!なんで?!やるって言ったやん!と反論すると、「太ったし暑いし、袴とかはけん」と言う。オタクデブ化のあおりを受けて今期の茶事中止宣言である。今年11月の炉開きまで我慢か?ああ、今年も単衣や絽の着物は出番なし…着物の着方忘れそうだわ。東京にもってきて着ようかな。だれかデートに誘ってください、着物着ていきます。

 

 

さてもうお一方は南の島へ。ほら、何千年も生き続けてきた大きな杉があるところ。現地からテレパシーを送ってもらった。銀座を歩いているとき、なにかが届いた気がした。写真もいくつか見せて頂き、また、お帰りになったその方はなんだか元気が溢れているように見えたよ。その地の氣って確かにある。きっとすごいところなんだろうな。インドは招かれないと行けないという伝説がYoga仲間のなかで語られている。たぶんこの島も、そのようなところじゃないだろうか。


さて、先日の晩、急にお腹が痛くなってのた打ち回ったということを書いたが、あれ、実は食中毒だったらしい…。軽いやつだったから吐いたりはしなかった。下から下るだけなら勝手に下らせておけばよい。ただ水分摂取を上手に行えばよいだけである。アーユルヴェーダでも「ちゃんと出る分はどんどん出しとけ」と言われ、出ない毒素の方がマズいことを教えてくれている。もしかして皆さんも何かにあたるとか、二日酔いになることがあるかもしれないので生き延びる術を書いておこうかな。

ただの水だとカラダが受け付けないので、糖とクエン酸を含む水分がよい。私はO塚製薬の回しものではないのであの有名なドリンクはここではお勧めしない。はちみつとレモンを混ぜて飲もう。あの晩私ははちみつレモン代わりに岐阜県八百津町内堀醸造りんご酢を飲んでいた。りんごジュースとりんご酢の混合液ですごく飲みやすく、そして超絶美味い。いやホントよ?五反田の東急ストアにも売ってあった。さすが。りんごにはペクチンという食物繊維が含まれているので、これを摂取しようと思ってわざわざ持参していたのだ。

いくら軽かろうと食中毒は食中毒である。その後まだ完全には回復していない。私の愛しい腸内細菌が大多数死んだ気がする… 明日、鍼灸治療を受けたときに叱られちゃいそう。なにゆえかようなことになったのかはとてもじゃないが書きたくない。大人のクセに恥ずかしい。皆様もなにとぞご自愛ください。食中毒ヤバいよ。

 

文章を書いているあいだに名古屋まで来た。家に着くのは4時間後。